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2010’02.15・Mon

自身を律する

ちょっと予定を変更して(私的にはクレーンの記事を書こうと思ってました)
心得として、個人で責任者(管理人の立場)に成った時に必要だろうと思い、他ブログ様のコメント欄に書いたことをアップしておきます。

以下引用です



弓道 (営)
2010-02-15 01:52:02
弓道面白かったですよ!

うちの高校、校長先生が段位を持たれている方で、私は3期生(初の1~3年が揃った年ですね)だったのですが、校長先生のわがままでプールを作るはずの予算で弓道場を作ったんですね。

おかげさまで女子高生の水着を拝むことが無かった・・・まあ、それはどうでも良いんですが。(高校当時は興味無かったし)

体育の中で格技って授業がありまして、その中で剣道、柔道、弓道を選択しなければなりませんでした。(弓道が有るのは校長先生の御蔭です)
もちろん(なのか?)柔道は汗臭いし、剣道も同じく防具が汗臭い。したら弓道にしよう!となりました。

やってみたら、面白いんですよね。

全て自分との戦いなんですよ、弓道って。

型があるのですが、それをどれだけ忠実にできるか?やるのは意味があって、その型が一番無理無く弓を引けると気づいたのはかなり後でしたが。

的に当てるのが目的とはいえ、実際には当てることは結果でしか無くて、いかに自分を律して型を行えるか?を通していました。

的を射って外しても、がっかりすることは無かったです。
それは、自分の責任だと判っていたから。まだまだ修行が足りないな。と。

ある時期、授業としての総まとめとして試合形式で的当てをしました。
やはり弓道部の人が4回中3的でトップでしたが、それもその方の実力。
自分が0的でも関係なく、ただいつもどおりに引けたのかどうか?を気にしていたものです。

射る瞬間は自分との会話が続きます。
「これでいいのか?」
「弓から見える半月の的」
「いつもどおりのはずだ!」

しかし、実際には当たりません。
先生が体を整えて(体の姿勢など)くれた時には当たるのに。
自分では見得ていない駄目な所がまだあるのだろうと、如実に感じる瞬間です。

そういった意味で、弓道は自分との戦いであるんですよね。

体の崩れを見れるように、弓道場にはダンスレッスン場のような全身が見える鏡張りが壁に施してありました。

常に自分を客観的に観ていないと、弓道では当たりません。
心の乱れが全て出てしまう、面白い授業でした。

ちなみに授業を2年間やっていて、「自分で当てた!」と思えたことは1度もありません。
が、それも気持ち良かったですね。(解りますでしょうか??)

もしも、弓道が出来る環境でしたら、一度やってみることをお勧めすますよ!
(*^-^*)ノシ



引用 終わり

・・・・・

責任者に成った時。

なかなか成らないと解らないものではありますが。

全てが「自己責任」だということ。

判断が「正しい」くとも「間違い」っていようとも。

管理者たるもの、「覚悟」せよ。と。

いついかなるときも。

これは一番不大事なことかもしれません。

ですが、「判っていろ」と、言いたいのです。

周りが許してくれないのです。

責任の所在を他に求めてしまうので。

本当は責任が発生しないように準備するのが大事なんです。

何の気なしに使えて、何も問題無く

「おつかれさま」

ってお互いが言える様に準備しておきましょうね♪

誰もが気持ちよく仕事したいんです。

「なにそれ壊したから弁償しろ!」 

なんて言いたくないんですよ~(それも仕事ですが・・・)

(; ̄Д ̄)
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